李香蘭と東京ローズ

 

 ミュージカル李香蘭がロングランして、幾度も再公演を続けていますから、李香蘭の名前は若い人たちの間でもかなりの周知となっているようです。しかし、東京ローズといったらどうでしょうか。年配者はたぶん目を細めて「懐かしいネ!」というでしょうし、何でも知っていいるような顔をして「コロンビアローズじゃないの!」と口をとがらせたら半可通です。若者たちは「ロックバンドか何かかなあ!」というかもしれません。

 東京ローズの本名は戸栗郁子(とぐりいくこ)と言い、ロサンゼルス生まれの日系二世です。今次大戦中に米軍向けの謀略放送ゼロ・アワーでDJを担当し、将兵たちから東京ローズの通称で慕われましたが、戦後になって反逆罪で逮捕されました。米国人として裁かれて有罪になったのは、中国人として裁かれた金璧輝・川島芳子の場合と一緒です。中国人であるはずが日本人であると証明され、無罪となって銃殺刑を免れた李香蘭・山口淑子はまれな例のようです。

 二つの祖国をもつ戸栗郁子は両国の関係に、当然ながら無関心ではいられなかったのでしょう。南カリフォルニア大学大学院を卒業して同盟通信に入社し、ジャーナリストの道を歩みだしたところで日米開戦となりました。軍からNHK海外局勤務を命ぜられ、選択の余地はなく謀略の一端を担いました。DJではアンと名乗っていましたが、東京ローズと呼ばれて有名になってしまったことから、人生が狂ってしまったのです。李香蘭・山口淑子と東京ローズ・戸栗郁子に共通しているのは、卓越した能力で幾百万を越す人たちを魅了したことです。手懐づける宣撫工作と戦意を喪失させる懐柔工作には、二人はまさに好都合だったのでしょう。

 戸栗郁子は禁固刑判決を受けてから、大統領特赦になるまで10年も獄中にいましたが、その時期には山口淑子はハリウッド女優として近くにいました。二人が出会う機会があったならばどんな言葉を交わしたでしょう。戦争で誰もが苦難を強いられ多くのものを失いましたが、慰労や償いの対象となった人たちはごく限られた人たちのみです。そのために内外の数多くの人たちが今も、せめて詫びるようにと求めていることはご存じの通りです。

 数奇な運命に弄ばれた二人の口からは、その人たちがたとえ僅かでも償いを受けて慰められるよう強く望む言葉が幾度も出たに違いありません。   戦争が終わって半世紀が過ぎて、理想的すぎる平和憲法を与えて悔やんでいるアメリカとそれをもらって持て余し気味の日本は、微妙に解釈を変えようとしています。しかし過去の不幸を忘れないように、大きな犠牲を払って得た日本の「理想的な平和」を世界の平和の指標となるよう灯し続けていかなければならないと思います。

 

 

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