「 一味違う回答コーナー 」

月刊「狩猟界」誌連載 

やさしいペットの精神科

 

  心理学コンサルタント  中嶋柏樹
やさしいペットの精神科 (17) 問題行動の解決法 その13
「わざと足を引きずる」癖の行動変容

 

 日々の生活のなかで「ヒステリー」という言葉は気軽に日常語のように使われていますが、本来は深層心理学の専門用語です。精神医学の臨床における診断名としても知られていますが、多くの人たちには“ヒステリーを起こした”とか、“あのヒトのヒスは”などと日常の普通の言葉として使われています。日常の会話で使われているヒステリーという語には、大きく分けて三通りくらいの意味があるように思われます。第1には、いわゆるヒステリー性格を指す場合、第2には、ある事柄に対する感動、精神的なショックによって直接ひき起こされた心因反応(いわゆる原始反応と呼ばれているもの)、そして第3には精神的な原因によって現れた身体や心の機能障害で、それは直接的な反応というよりも複雑にかたちを変化させたものです。精神神経症でヒステリーという場合は、この第3の場合を言います。

 それでは精神神経症としてのヒステリーがどんなものであるかと言えば、ヒステリーの症状にはいろいろなものがあり、派手で人目を引くようなものが多いようです。その症状として、ごく希に目が見えなくなる、耳が聴こえなくなるというようなこともあるようですが、通常はただ臭いがしなくなった、味がわからなくなった、視野が狭まって見えにくくなったなどと訴えることが多いようです。ヒステリー頭痛、乳房が痛い、卵巣が痛むと訴えるものと、あるいはヒステリー球といって、喉のあたりに玉のような異物が突き上げる感じがして、嚥下困難や呼吸困難を訴えるものもあります。手足が動かなくなったり、全身が痙攣し、弓なりになる発作もあります。心臓がドキドキしたり、脈拍が早くなったり、過呼吸、下痢、便秘、月経障害、頻尿、発熱などの自律神経に関する症状も出てきます。

 精神症状としては、いわゆるヒステリー性格の特徴が目立ち、感情が変わりやすい、子供っぽくなんとなく芝居がかっている感じがする、気まぐれでこれ見よがしな面があって、すねたり、嘘を言ったり、ときに媚びたり、かなり自己中心的で扱うのが大変な場合が多いものです。ヒステリー発作の場合は、夢でも見てねぼけたようになる朦朧状態、泣いたり、笑ったり、怒ったり、ときには怯えたりして激しい興奮状態を示すせん妄状態に陥ったりしますが、ひどいときは痙攣発作を伴い意識がなくなることがありますので、テンカンの大発作との区別をする必要があります。ところでヒステリーという言葉は、はるか昔から使われていて、ヨーロッパではギリシャのヒポクラテスの時代からあったようです。その頃のヒステリーの意味は「子宮の病」でしたから、女性に特有な病気だとされていました。この考え方は19世紀ごろまで続き、現在にいたっています。そのために今でもヒステリーは女性の病気や癖のようなものと考えている人が少なからず存在するようです。

 当然ながら男性でも誰でもヒステリーになりうるわけですが、病気にも“はやりすたり”があるようで、19世紀ごろには精神医学の教科書に載っているような、典型的なヒステリーが多く見られたようです。ヒステリーの治療をし、その原因を追求するために多くの医学者や哲学者がかかわりましたが、そのなかでも最初は催眠法で、ついで自由連想法を用いてヒステリーを治療し、それを通してヒステリーがなぜ起こるかを明らかにし、それを精神神経症全体に広げ、ついに心の仕組みを説明し、その考え方に基づいた治療法、精神分析療法を創り出したフロイドの名前は、ヒステリーと切り離して考えることはできません。人には誰にでも、思い出したくないこと、決して誰にも言いたくないことがあるものです。恥ずかしかったこと、嫌なこと、屈辱に耐えられないことなど、いろいろあります。

 そのなかでも「性」に関する部分は、最も誰にも言えないことですし、その体験は思い出したくないことではないでしょうか。そこで多くの人たちは、無意識にこれらのことを抑えて、思い出したり考えたりしないようにしてしまうのです。この心の働きを「防衛」と言い、このやり方を「抑圧」と言いますが、ヒステリーはこれが原因となります。しかも、かなり小さな子供の頃に受けた、性的な、心の傷となるような事柄を二度と思い出したくない、忘れたいと抑圧することに始まるのです。その事柄は、ときには実際にあったこととは大分違っていて、ほとんどが患者によってつけ加えられたファンタジー空想の産物であることも少なからずあります。いずれにせよ本人は、その事柄を実際に体験したことと感じていて、二度と思い出したくないと無意識のなかに押し込めているのです。しかし、ある事柄を思い出さないように無意識のなかに押し込めておくには、相当の力が必要です。

 もし、抑える力が弱まり抑圧が続けられなくなると、それまで抑え込まれていたものが、意識のなかに漏れて出てきます。しかし、そのまま思い出すのが嫌なので、漏れて出てくる記憶を身体的な症状にかえてしまうのです。そのような理屈から、ヒステリーに見られるいろいろなわけのわからない身体症状は、このような思い出したくない体験にまつわる様々な感情が、かたちを変えて現れたもの考えられます。別の見方をすれば、ヒステリーの患者は絶対に思い出したくないものから逃れるためにヒステリーになった、つまりヒステリーは「妥協の産物」であるとも言えるわけです。心と身体の保全システムは見事なものです。ワンちゃんたちペットにも「ヒステリー」として解釈が可能な行動がみられます。疾病のメカニズムそのものを検証することは困難ですが、飼い主や周囲との関係において実証することは可能です。

 ヒステリーには、そうなったことで周囲から同情や憐憫を得ることができて、その症状で周囲を驚かし、コントロールすることが可能となります。それは「疾病利得」と言われるものですが、利用価値に気づいてからは意識的にも無意識的にも利用するようになり、気の毒なことですが、周囲の人たちを症状で支配します。怪我をした動物ほどかわいそうなものはありません。口がきけないだけ不憫だなどと言い、特に子犬であったりするとなおさらです。愛犬だったら傷がワンちゃんに与える苦痛よりも、飼い主の精神的な苦痛のほうが大きいかもしれません。典型例として紹介する「足を引きずる」という症状は、ワンちゃんの足の傷が治ってだいぶ経ったのちに起こるものです。

 わざと足を引きずるようになるきっかけは、足に怪我をして治療をうけた経験や足を強く踏まれた痛みと驚きの後の謝罪と労りが強烈な印象として残ったときなどのようです。自然の状況では起こりえないことですから、飼い主が意識的ではないにしても教えてしまったことと言えます。ワンちゃんが前足を上げるたびに、飼い主の微笑みと優しい言葉とともに足に対して心地よい扱いを受けたならば、強化され、習慣化してしまいます。そうなれば、ワンちゃんは何かをして欲しいと望むときには、わざと痛々しく足を引きずるというわけです。より優しく扱ってもらえる手段を身につけるのです。極端な例としては、人間のヒステリー発作と同じテンカン様痙攣大発作を体得してしまったワンちゃんがいます。この痙攣発作を起こすようになった頃の飼い主と家族たちは大変な驚きで、そのたびに獣医さんのところへ連れて行くなど振り回されましたが、どのような状況で、この発作が起こるかという因果関係がわかると慌てなくなりました。

 そしてワンちゃんの発作は、その効果が薄れるにつれて発生頻度が減少し、ついには消失してしまいました。飼い主の家族に赤ん坊が生まれたとき、同様あらたに生後数週間のワンちゃんを家族の一員に加えたとき、あるいは家庭内に事故や病気などのトラブルが発生して、家中の雰囲気が慌しく不安を与えてしまうようなときに起こります。

 

 「わざと足を引きずる」癖の行動変容

 

 ワンちゃんの前足は特別な役割があります。昔、オオカミだった頃にチームプレーで狩をして、嗅覚で獲物を発見したときに立ち止まって前足の一本を持ち上げて前方に獲物がいるサインとしました。そして今はポインターなどがそれを受け継いで鳥猟犬として活躍していることはご存知だと思います。また、この行動の起源は、生後まもない頃にさかのぼります。授乳後の母犬は子犬を転がし、鼻づら、喉、腹、そして性器、肛門をなめ、これにより反射が起きて子犬は大小便を排泄します。この間は、強風に煽られた小旗のように振り回されていますが、目も開かず歩けもしない子犬があたかも母犬の取り扱いを拒否するかのように前足を上げて踏ん張ります。この行動が支配されることに対する拒否反応の萌芽となり、将来へとつながります。

 そして、このような前足を持ち上げる行動は高度な精神活動を表現する「手話」に似た意味合いを持つようになります。そして意思疎通を越え「擬態」の一種にまでエスカレートしたものは、ときに問題行動となります。母鳥が擬態で外敵から雛を護るのとは異なり、擬態で飼い主を支配するワンちゃんは好ましくないというわけです。ワンちゃんが「わざと足を引きずる」のは、家長であるお父さんが厳しく叱った後に起こるようであるなら、その解決法は簡単で、厳しく叱らなければよいわけです。上述したような家庭内の変化に不安を感じてであれば、その心配はないと感じさせてあげればよいのです。表情や態度からその兆候を感じたら、スキンシップとなる遊びで短時間(数秒から数分)付き合ってあげればよいのです。

 不安解消が目的ですから必要以上に付き合ってあげてしまうと、甘えん坊さんになってしまうという別の問題が生じるので、ほどほどが肝心です。これといって思いあたる状況がなくても、なぜか足を引きずるというのであれば、ともかくにもその習癖を変容しなければということになります。こういった場合は、ちょっとした工夫と努力が必要です。足を引きずるワンちゃんは意識していなくても飼い主に対して極端な例としては支配したいというような期待があるわけですから、その目的は、どうでもよいと思えてしまう状況を与えてあげればよいのです。意外さにビックリしている間に乗せて、その気にさせてしまえば大成功というわけです。ジャズダンスか阿波踊りを踊るつもりで踊ってみせればよいのです。目一杯にぎやかに踊り、少なくとも三分ぐらいは続けましょう。その都度に踊って喜ばせれば、3日から一週間で改善できます。
 放っとかれず、相手にしてもらえた安心感が功を奏したのでしょう。(つづく)

 

 

 

 

 

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