「 一味違う回答コーナー 」

月刊「狩猟界」誌連載 

やさしいペットの精神科

 

  心理学コンサルタント  中嶋柏樹
やさしいペットの精神科 (9) 問題行動の解決法 その5
逃亡癖の行動変容

 

 世の習いとして、結婚した夫婦には子供ができます。誰もが結婚したら子供をもうけるものと思い込んでいるからでしょう。しかし、人間はペットたちのように本能行動に基づくばかりではなく、むしろ社会行動として結婚し、子供をもうけているようです。結婚するのも、子供をもうけるのも、皆がそうするから「自分もそうしなくては」という観念にとらわれているようにも思えます。よく考えて結婚するとか、よく考えて子供をもうけるとかはあまりないようで、当面の目標ができたことにただただ満足してしまっている程度のもののようです。

 そして互いに自分の思惑どおりに幸せになれるものと信じて疑いません。そして、そうでない状況などは考えようもないようです。ペットを飼いたいと思い、ペットを飼う時の状況にもそれとよく似たものがあるようです。子供のころからペットと生活を共にした経験のある人は、ペットを飼うことの意味はわかっていて飼い、そこに伴う義務も承知しています。しかし、ペットのいる生活を経験したことのない人は、面倒くさがらずにやらなければならない責任を軽視しがちです。さらには、ときに気が向いたら可愛がり、面倒くさいことはすべて誰かに押しつけてしまうという勝手がまかり通るような考え方は、どちらにも共通して存在するようです。

 「親はなくても子は育つ」という言い方がありますが、確かに子供の多くは放っておいても育つでしょう。しかし、決して少なくない子供たちは親が目いっぱい手を掛けてもなかなか年齢に応じた発達をしてくれません。病院の小児科や教育相談所に相談すると、「発達の時期には個人差があるから」と、そのうちには何とかなるような言い方で、暗に心配しなくてよいように言います。心配しなくてもよいと言われても、心配しなければならない状況になった時に、特別な方策をもっていて解決のために指導してくれるわけではありませんから、ほんの気休めにしかなりません。

 親の気持ちとしては、特別なことを望んでいるわけではありません。勉強がクラスの友だちについていって欲しい、運動は同じ程度のことができるようになって欲しいと望むわけで、せめて他人様に迷惑をかけるような人間にならないよう、自活していける子供になって欲しいと願うのです。「手のかかる子ほど可愛い」という言い方もありますが、実際のところ、可愛いと思わなければ、投げ出したくなる気持ちを抑えながら手をかけ続けることはできないのかも知れません。人間の子供は成長、発達し、ある年齢になると自我に目覚め、満足はできないにしてもそれなりの自分に納得します。しかし、その子供の納得を追認できない親はさらに期待し、叱咤激励します。そして、支え励ましているつもりが過保護、過干渉となるのです。

 親の立場は子供に対して絶対的な強さがあると意識している親の数は多くありませんが、そのために子供たちは常にその不安を払拭できずにいます。支配的な親の過干渉から逃れるには、家出をするか、閉じ籠もるなど、異常な世界に生きるか、自らの生命を絶つしかないのです。ペットと飼い主の間でも同様の現象が起こります。ペットと人間が共存するためには、お互いに譲り、お互いに相手のルールを尊重しなくてはなりません。しかし、なんといっても人間社会に順応することが「共存」の前提にあるわけですから、ペットは弱者であり、よりペット側に強い制約が課せられます。

 もちろん、その制約は国によって異なりますが、わが国は欧米に比べると勝手が目立ちます。弱者が虐げられ生存権すら尊重されていません。わが国においては、盲導犬や介助犬に立ち入りが許されているところはごくわずかで、欧米のそれらでない普通の犬のほうが格段に自由な行動が許されています。犬は咬むもの、騒がしいもの、不潔で近づくと汚されかねないもの、と一般には認識されています。そのために飼い主は「隔離」して飼うことを義務づけられていることはご承知のとおりです。行政は「ことなかれ主義」に徹しているのか、「共存」が与えてくれる心豊かな生活を認めようとしないのです。

 ヨーロッパへ行ったことがあり、ペット好きである人は気づいただろうと思いますが、パリのシャンゼリゼやロンドンのコベントガーデンにジャーマン・シェパードやドーベルマンのような犬がノーリードで闊歩しているのです。野原や河原ではありません、ちょうど原宿・竹下通りや新宿都庁前のようなところで自由にしているのです。 もちろん、野良犬のようにふらふらとしているのではなく、飼い主と一緒で散歩を楽しんだり、飼い主が歩道におかれたカフェのテーブルで日光浴をかねてお茶を楽しむような時はその足下にステイし、一緒に街行く人を眺めています。

 時に、テーブルからテーブルへと渡り歩くドーベルマンのような一見怖そうな犬がいても、その犬が近づいても恐れたり驚いたりする人はいません。何事もないように談笑している人が、その犬には目もくれず角砂糖をテーブルの縁におくのです。犬も置かれた角砂糖に気づいた素振りはせず、さりげなくペロリと食べ、次のテーブルへ移動します。驚くようなことでも特別なことでもないようで、目を丸くするのは日本人ばかりのような出来事です。欧米では、ペットを飼うときはしっかり躾て飼うのが当然のように考えられていて、中型、大型犬を飼うときは、盲導犬をパートナーに持とうとする目の不自由な人が受ける合宿訓練と同じような訓練を受けに訓練所へ通います。そのような意味から言えば、欧米には盲導犬のように躾けのゆきとどいた犬しかないということになります。

 ところが、わが国では、面倒くさい、暇がない、訓練にかかる費用がもったいないなどと思うのか、中型・大型犬はライオンかクマのような猛獣の檻のように頑丈な鉄格子の中で飼われています。そして散歩のときは太いロープのようなリードを腰に巻き、引く力の強い犬に負けない力持ちであることを誇示しているかのように歩きますが、ほとんどの時間は猛獣の檻のようなところに入れられっぱなしです。小型犬の場合でも鎖で犬小屋に繋がれているか、居住性などいっさい無関係な檻のようなハウスに閉じ込められています。飼い主に「隔離」が義務づけられていると、世間の目を気にしてか、考えなしにか、隔離義務をただただ遵守しているだけで、ペットの生活環境に快適さを考慮してあげているふうはまるでありません。禁固刑のような閉じ込められて食餌だけ与えられている生活で、犬本来の生活行動は許されていないのです。

 時に、鍵のかけ忘れから「猛犬」が飛びだして子供に怪我をさせたというニュースがTVなどで報道されることがありますが、鍵をかけ忘れたことだけに責任があるのではなく、そのような飼い方自体に問題があり、責任があるのです。

 

 逃亡癖の行動変容

 

 飼い犬を散歩させるときに、騎馬警官やパレードの馬が2本の手綱をつけているようにリードを2本つけている飼い主を時折見かけます。犬小屋に繋いでいる時のクサリと散歩用のクサリに付け替えようとして、首輪とクサリを離した瞬間に逃亡されてしまうので、絶対に逃がさないようリードを2本つけているのだと言います。リードを二本利用するのは、その瞬間だけでよいように思いますが、不安と面倒くささがリードを2本つけたままの散歩をさせてしまうのでしょう。そういった飼い主は愛犬であるはずの飼い犬をまったく信用していません。可愛くないはずはないのでしょうが、異口同音に「逃亡癖」があるから油断ができないと言います。気の毒なことに、散歩に行っても絶対にリードをはずしてもらえることはなく、自由に駆けまわることなど絶対にあり得ないでのしょう。

 閉じ込めたまま、あるいは繋いだままで全く散歩をさせていない飼い主と比較して、リードをつけたままでトボトボと歩く散歩であっても、している飼い主は「してあげている」と自信を持って言うでしょうが、犬にしてみれば、自由にのびのびと駆け回れなければ満足できないのです。また、自転車散歩をしてもらえればまだましですが、広い場所で自由に走り回れてこそ「散歩」なのですから、飼い主の都合で決めた「散歩」ではなく、犬が求める「散歩」をしてあげねばなりません。お為ごかしの過保護、過干渉「責め」にあう日々で、ストレス解消となる散歩ができなかったら、一瞬の隙を狙って逃げ出したくなる犬の行動は「異常事態における正常な反応」と言えるでしょう。それを「逃亡癖」と決めつけるのは勝手な言いぐさです。そんな親の子供が非行に走ったり、家出をするのとなんら違いはないのです。

 「癖」と決めつけたら解決の糸口はみつかりません。フェンスの地中に板を埋めておいて、地面を掘っても脱走できないようにするとか、フェンスの上に金網が内側に垂れ曲がるよう取り付けておいて、飛び越えて脱走しないようにするとか、逃走癖を防ぐ方策はいくらでもありますが、飼い主側の「勝手な解決策」でしかないのです。同じペットでも自由が与えられている猫に比べ、犬は飼い主が配慮してあげなかったら拘禁されたままなのです。家の近くに広場がなかったら、ノーリードで自由にしてあげられる場所まで車に乗せてでも連れて行ってください。ニューヨークのセントラルパークには、そういった車が並んでいます。だからこそ、狭いアパートでも大きな犬を飼うことが可能なのでしょう。

 犬を金魚と同じ扱いにしないでください。金魚でさえ水槽が狭かったら飛びだしてしまいます。自由を欲するのは人間ばかりでありません。(つづく)

 

      

 

 

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