アウト・ドア & クッキング
 

 月刊「狩猟界」誌 掲載

 痛快な都会の田舎ぐらし


 Part 4  蜂を飼って蜜を味わう 

 

 


春爛漫桜花繚乱の頃には誰もが浮かれたち
ますが、陽気なワンちゃんたちもより活発
となります。日差しの下は汗ばむほどです
が、走りまわり暴れまわった後に多摩川で
ひと泳ぎして、この日差しが心地よいよう
です。 
                

 

 パリのオペラ座は、その地を訪れる日本人の、いわばランドマークのような存在となっています。ほとんどのヨーロッパ・ツアーはパリを経由し、たいていの格安ツアーは飛行機の都合で、往路か帰路に一泊することになっていることが多いためでしょう。そして、その一泊一日のうち半日はバスで市内観光をして、残る半日はフリータイムとなっています。 空港へ戻るまでの数時間を各自が自由に過ごしてよいわけですが、ほとんど申し合わせたように、オペラ座の前でうろうろと過ごします。地下鉄の駅から地上に出ると、見間違えられないほど特徴的なオペラ座がそびえ、ルーブル美術館までのオペラ大通りの見渡せる範囲には、行きたくなるお店が目白押しに並んでいるからでしょう。

  生ガキやムール貝などの海の幸が安価でお腹が冷えるほどたくさん食べられるお店、お寿司や和食からラーメンとうどんが食べられる店々、パリッ子に人気のあるセルフサービスのレストラン、そしてオ・プランタン・デパート、手際よく土産まで揃う日本のデパートのパリ支店が数店、衣料が豊富なスーパー・マーケットも数店あり、ドラッグ・ストアから日本書籍の書店まであってコンビニエンス・ストアのように便利です。 限られた時間内に手際よく食べられ、買い揃えられ、すばやく目的が達せられるポイントがオペラ座ということなのです。どのツアー客も考えることが一緒なために、行動が一緒になってしまうのでしょう。

 

 

  

          パリ・オペラ座のオリジナルメイドの蜂蜜

 このようなことからオペラ座の周辺を詳しく知る日本人の数はかなりのものと思いますが、パリのオペラ座の中に入ったことのある日本人となると、観劇でない人を含めてもあまり多くはないでしょう。 しかもオペラ座の中に入った日本人でも、場内のカフェで「オペラ座特性ハチミツ」が販売されていることを知る人はほとんどないと思います。 広口の小ビンには瀟洒なオペラ座が描かれたラベルが貼られ、たぶんオペラ座特製のハチミツと、フランス語で印刷されているのでしょう。すっきりして洒落た感じのものです。 説明によると、オペラ座の屋根にはミツバチの巣箱が幾つも置かれていて、ミツバチたちは東はサンマルタン運河の北ホテル、西は凱旋門エトワール広場、そして南はリュクサンブール宮殿からサンジェルマン・デ・プレ、北はモンマルトルのサクレクール寺院あたりの花々からミツや花粉を運んできてくれているのだそうです。

 


オペラ座L'Opera de Paris帝政時代の社交
界を誇示するように壮麗で華々しい劇場で
ある。白緑のドーム屋根が特徴で、すぐに
目につきます。この屋根からミツバチが飛
び立ち、これを目印に飛び戻ると思うと楽
しくなります。東京でいえば帝劇の屋上か
ら皇居や日比谷公園へミツバチが通うよう
なものでしょうか。
           

 

 ハチミツは自然からの恵みそのものという感じがして、滋養強壮という言葉がハチミツのためにあるのではないかと思えるほど栄養豊富な健康食品といえましょう。 しかし、共に科学的に実証されたという言い方で、評価が両極端に分かれています。 従来の漢方薬のような意味での万病薬効果に加えて、治療法が確立していない難病にも効果が確認されたとするものと、ただ単純に砂糖などと同じように“甘味”でしかないというものです。 まったく薬物効果のないクスリ風の粉末や液体を特効薬と信じて飲用しますと、その信じる効果が70%も生起するという事実をプラセボ(偽薬)効果といいます。科学的に実証されていて精神科で依存症の治療に利用されているプラセボ効果から考えますと、ハチミツに万能の効果があると信じている人たちには効果があり、ハチミツは甘味料でしかないと思っている人たちには砂糖などとなんら変わらない効果でしかないのでしょう。

 

 

 

            純粋ハチミツは独特の味と香り

 

 ハチミツはロマンを感じます。巣箱から取り出したばかりのような巣板の口がカットしてあり、中に琥珀色のハチミツがとろりと見えているものがパックされ、空港の売店や町のスーパーで売られているのをニュージーランドで見かけたことがあります。それをどのように食べるのかうっかり聞き漏らしましたが、これこそ自然の恵みの象徴と神妙な感激をしました。  しかし、身近ではハチミツだといって売られているものが、ハチミツよりも砂糖液のほうが多いのではないかと思ってしまうほど、味も香りも薄くて気分がしらけます。 野菜がハウス栽培で作られるようになってから味と香りを失ったように、その頃から日々の食卓に乗るものすべてとハチミツまでが味と香りを失って水っぽくなってしまったようです。 味と香りがしっかりある本物の野菜を食べたければ家庭菜園を耕さなければならないように、ガラス瓶に入った砂糖水のようなハチミツを食べたくなければ巣箱において養蜂をしなければならないと考えるにいたりました。

近代養蜂」という名著を熟読し、「ミツバチ科学」という研究同人誌を購読し、近くの大学の農学部へ養蜂の実際を見学に幾度も足を運びました。 嬉しいことに、養蜂は絶えず人手を必要とするもではなく、技術的にもさほど困難というものでなく、その気になれば誰にでもできるものであることがわかりました。 しかし、春や夏にはミツバチが増殖して女王を含む一群が、古い巣から離れて新巣に移る「分封」が起こると、無数のハチが飛び交い、その後に庭木の枝などに大きな塊となるわけですから、養蜂に理解を示してくれているご近所でもビックリ仰天してしまうでしょう。 養蜂そのものは難しいものではないことがわかっても、住宅密集地での養蜂が不可能であることが判って、しばらくミツバチを飼いたい気持ちはお預けのままとなりました。


            自宅の庭でビー・ウォチッング

 住宅密集地での養蜂は無謀であるとする考えは正論で常識です。ところが自宅から数分のところに養蜂を趣味にしている人がいたのです。農林省の試験場で技官をしていた方だそうで、ミツバチの実用交配種の改良研究に携わったことがあったそうです。 ミツバチの分封はむやみやたらに移動して起こるのではなく、古巣と同じ高さのところに新しい巣をつくるなど一定の法則性をもっているので、分封を不必要に恐れることはないと教えてくださいました。  とんでもなく身近に養蜂の神様みたいな人がいて、非現実的な夢として諦めるしかないとも考えていた住宅地での養蜂が突然可能となりました。けっしてオーバーな表現ではなく、念願が叶った思いです。懇切丁寧にご指導いただき勇気百倍で、養蜂家の道を歩み始めました。

 最初の一年目は、実用交配種を一群購入し、継箱二段構成で無理をせず上段の箱のみから採取する手法をとりました。  約10リットル強のハチミツが採れたのは初心者として上々の成果と思いましたが、万全のつもりでいた越冬に失敗してしまいました。  2年目からの養蜂はミツはハチたちのおこぼれを頂戴する程度として、主に群勢強化と、できたら群数増加を目標にしました。実用交配種を二群に勧められた黄金種の一群を加え、さらに勧められた別々の業者から購入してみますと、業者によってハチの大きさや色などが異なり、集蜜行動にも差があることがわかりました。

 しゃにむに小蜂群の集約合理化と蜂群の強勢化を図るよりも、まず優秀な蜂群を購入することが大切であることを身をもって知りました。 ダニが寄生している蜂群をうっかり購入して駆除に苦労したばかりでなく、それが原因の奇形蜂児が多量に発生して群を強勢に育て上げるのに大変な努力を強いられた例もあるようです。蜂群増加には人口女王蜂を得る方法が最善といわれていますが、かなり熟練を要するのでしばらくは蜂群を強制分割して自然女王の育成手法で手堅くゆきたいと思っています。 自宅の庭にミツバチ団地を設置して、家賃としてハチミツを頂戴する不動産管理業で共存するのがよいと思っています。

 


むかし、アイスキャンデー屋さんが自転車の
荷台に積んでいたような木箱が庭に点在して
います。春になって飛び回るミツバチが出入
りするようになって、ようやく巣箱であるこ
とに気付いて貰えます。
          

 

 

            ハチミツの種類は花の数プラス1

 ハチミツを花の種類によって分類するのは世界共通の習慣です。そこで同じ花のハチミツであれば万国共通の風味かと思いますと、必ずしもそのようにはなっていないようです。もちろん、気候風土の影響もあるかと思いますが、いちばんの原因は採蜜法の違いにあるようです。  日本の養蜂家は、一つの花が咲いている間にこまめに何回も採蜜するので、他の花のミツはほとんど混じらずに目的の花のミツを採ることができます。 ところが日本以外の国々ではそこらに頓着しないで大まかな採取をしていますから、どうしても他の花の風味が混じってしまいます。厳密な単一蜜源にと執着していないためでしょう。 春になりますと、多くの種類の花々がいっせいに開花して、その美を競うかのように咲き誇ります。それは昆虫たちをその美しさで誘い、ミツを提供して受粉を確実にするための努力なのでしょう。

  そのような状況下でのミツバチたちは、同時に数種の花のミツを集めてしまうのではないかと思いますが、好都合なことに一つの花に通いはじめると、他の花には目もくれない性質をもっています。 ミツバチのこのような性質を「訪花の一定性(flower con-stancy)」と言います。 そしてミツバチはダンスで仲間に情報を伝えますが、蜜源が貧弱な場合は簡単に終わってしまいます。蜜源が豊富な場合には激しく活発になり、ダンスで知らせを受けた仲間のハチは次々にミツを求めて飛び立ち、巣箱に戻るとまた新しい仲間にダンスで伝えます。 こうして同じ巣箱のハチは最も豊富な蜜源の花に集中しますので、ほぼ単一の花のミツが出来上がるのです。

 レンゲ蜜 日本の代表的なハチミツです。紅の可憐な花が微かな風に揺れ、田んぼ一杯に拡がるさまは美しい日本の光景ですが、この花と同様に優しい香りと上品な味を持ち、最高級品と評されています。味にクセはなく、どんな飲み物、デザート、料理にも向いています。

 アカシア蜜 レンゲ蜜を王様とすれば、ハチミツの女王といえましょう。アカシアは正しくはニセアカシアで、和名は針槐(はりえんじゅ)です。 蝶に似た小さな花が藤の花のように垂れ下がって咲き、あたり一面にロマンティックな芳香が漂います。上品な味はレンゲにも似て美味しく、結晶しにくいのも特徴です。

 ミカン蜜 蜜柑の産地で採れるもので、色は黄色味を帯びて蜜柑の果肉と果皮に似た独特の風味があります。紅茶によく合いますし、デザートやサラダに最適です。

 トチ蜜 山地に自生する橡の木の花から採れるもので、淡白な味と華麗でファンタティックな香りをもっています。 パリのマロニエと同類で、赤色でまわりが白色の小さな花が房状に上を向いて咲きます。菓子、パン、ソース類に向きます。

 クローバー蜜 ホワイトクローバーとレッドクローバーから採れますが、主力となる蜜源はホワイトからです。同じ時期の咲くシナの木の花のミツが混じったものは欧米人には好まれています。レンゲに似た味でより繊細な風味です。

 ナタネ蜜 菜の花から採れるもので、味も香りも強くて通人好みと言われています。 一般的には、さっぱりした味の料理には不向きで、スパイスの強い料理に向きます。夏でもクリーム状に結晶しますので、パンにつけると美味しいです。

 シナ蜜 日本特産の強い芳香のシナの木から採れるもので、その香りの強さから日本人には好まれません。しかし、同類である中国の菩提樹とヨーロッパのリンデンバウムのミツは、そこの国の人たちには好まれています。ソバ蜜と同様にほとんど市販されず、脱色、脱臭されて食品加工用にまわされているようです。

 日本で販売されているハチミツは「はちみつ類の表示に関する公正競争規約」によって採蜜源の花名を表示する場合には国産名を記入しなければならないと決められています。そして国産を標示する場合にはすべて国内で採蜜されたものでなければならないとも決められています。そこで花名が標示されていないハチミツは数種類の花のミツがブレンドされれたものということになります。  日本以外の国々では、花名を標示してあるのは主にその花が採蜜源であるというもののようです。他の花のミツが混入していても、ミックスされて厚みが増した味と香りとしてむしろ好むのでしょう。さっぱりした風味料理を好むのと、こってりした洋風料理を好むのとの違いなのでしょう。 そこで日本以外の国々にはアバウトに花の数だけハチミツがあり、わが国には花の数だけ純粋なハチミツとプラス・ワンとしてミックスド・ハチミツがあります。