ENGLISH DREAM

− 老後は田舎に住んで、犬を飼い、花を作る−悠々自適の生活 −

コッツウォルドの丘陵地帯

 クルツご夫妻との出会い

 

 

 ドクター・クルツはロンドン大学の教授でした。専門は神経生理学だそうで、十数年前には来日して、大阪大学の高次神経研究所で共同研究をしたことがあるそうです。大変な愛犬家で、名門犬舎系のブラック・ラブラドールを三頭も飼っていて、筆者が女王陛下のラブラドール・クラブに入会する際には紹介者の一人となって下さってた方です。

 筆者は英国産のラブラドール犬に魅せられて飼育するようになってから、年に1〜2回程度はイギリスを訪ねるようになっています。「サンドリンハム・トランプ」(注・1)という名前で、繁殖者名が女王陛下という日本に1頭しかいないラブラドール犬との感動的な出会いが、イギリスを幾度も訪ねさせる切っ掛けとなったのです。ドクター・クルツご夫妻との出会いもラブラドール犬でした。身近なラブラドール好きの間に、ピーター・ラビットの故郷として知られているイングランド北部の湖水地方ウインダミア湖畔には、ラブラドール犬がたくさんいて頻繁に見かけることができるという実しやかな噂がありました。たくさんいるといってもピーターたちのように野性だったり、ヒツジのように放牧されているということではなく、当然ながら飼い主と散歩しているラブラドールや庭先に寝そべったりしているラブラドール を頻繁に見かけることができるということなのでしょう。

水車小屋(The Mill House)のあるThe Cotswolds

 

 半可通でなくても、誰でもイギリスへ行けばラブラドール犬をたくさん見ることが出来るだろうと思っているでしょうが、ロンドンのハイド・パークへ行って待っていても、純粋なラブラドールにお目にかかれることは滅多にありません。はるばるとスコットランドの近くまで行かなければ、ラブラドール犬にお目にかかれないというのは必ずしも大袈裟な話しではありません。「噂ばなし」を真に受けたわけではありませんが、少しならず期待を持ってウインダミアを訪ねました。ローカルな支線の終着駅から湖畔までは、ゆるやかなカーブを描いた一本道です。そして雰囲気は旧軽井沢のメイン・ストリートのようで、閑静でも都会風の洒落た店が両側に軒を連ねています。

3匹の黒ラブ・ロブロイ、ベン、ハーミィ

 

 土産物店はインテリア・ショップのように高級品が多く、ラブラドール・グッズにも見事な銅版画やブロンズの置物など、垂涎ものが数多く陳列されています。欲しいものばかりですが値段と相談すると、ラブラドール好きの仲間へのお土産は絵葉書とカー・ステッカーになってしまいます。ウインダミア湖畔は山中湖か芦ノ湖のようで、湖畔の一等地に緑深い木々に囲まれてホテル・バァン・ホウがあります。湖水を背景にした庭が自慢のホテルということで、どの部屋からも庭と湖水が眺められるようになっています。イギリス人は普通にはB・B(ビービー:ベッドと朝食のみという意味の民宿)に泊まりますので、新婚旅行や結婚記念日など特別な時などに、このようなホテルを利用するようです。 夏季のハイ・シーズンには湖水をフェリーで渡ってピーター・ラビットたちの住むニァソーリー村と作者ポターの家のあるヒル・トップを訪ねる日本人のグループが大勢宿泊するそうですが、オフの今はごく一部のイギリス人が利用するだけ ので驚くほどの低料金で泊まれました。

イギリス人は風景園芸に芝生を取り入れる

 

 サン・ルーム風のベランダから湖水を眺めていると、隣のコテージのベランダから声がかかりました。「東京からですか! 私たちは大阪に住んでいたことがあります。」と、イギリス人で中流階級のインテリご夫妻といった感じの二人が笑顔をこちらに向けています。女王陛下のラブラドール犬に会いに来たが、約束の日までに数日あるのでウインダミアのラブラドールを見に来た、と自己紹介もせずに説明しました。冗談ととったのか呆れたのか、笑いながら「女王陛下の愛犬には会ったことはないけれど、王室犬舎系のラブラドールだったらここにいるよ」と言い、言い終わらないうちに三つの真っ黒い顔がまとまってヌーッと突き上がり、ご夫妻の間に割り込みました。よろけながらも驚きもせず「一頭は王室犬舎サンドリンハム系(注・2)で、二頭はサンディランズ系(注・3)だ」と丁寧に説明して下さいました。

ドクター・クルツの書斎

 

 かつての王室犬舎は外国元首などから贈り物としてもらった有名犬や貴重犬も飼育されていましたが、ほとんどは慈善事業として野犬を収容して飼育しているようなところでした。しかし、近年になって意図的に国中から優良なラブラドールを集めて計画的に繁殖したので、トライアル系の能力とショー系の端麗さを兼ね備えた優秀犬を作出している犬舎となりました。(英国では、トライアルでチャンピオンF.T.CH.になり、ショーでチャンピオンS.H.CH.になって、初めてチャンピオンCH.となります。)またサンディランド犬舎は、海外からは誤解されてショー系の名門と称されています。(ショー・チャンピオンになったものの、トライアル・チャンピオンになれなかった犬が、海外に出ているためであろうと考えられる。)しかし、いわゆるショー系とは異なり当然のこととしてフィールド系の能力も重視した作出が続けられているので、能力と端麗さのいずれにおいても出色の優秀犬を伝統的に作出している犬舎といわれています。

エドワードの安楽椅子はロブロイの寝場所

 

 この二つの犬舎が最も優秀なラブラドールを繁殖しているとの定評があるで、祖父母犬や曾祖父母犬がその系統であるということだけでも満足度に違いがあり、それを自慢できるのでしょう。筆者たちが飼育するラブラドール犬たちの写真を見せると、「可愛らしいオリエンタル・ラブラドール! 」と叫びます。イギリス人が口にする「オリエンタル」という言葉はただ単に「東洋」という意味だけではなく、ヨーロッパ文化から隔絶した文化が希薄な地という軽蔑の意味合いが含まれていると言います。なぜオリエンタルと言ったか、それに軽蔑の意味が含まれて入るのかとお聞きして確かめる訳には行かないので、そのままにしてあります。

リリアンは書斎を持たず、何処でも其処が書斎

 

 クルツご夫妻は、大英博物館の近くでロンドン大学に歩いて5分というラッセル・スクエアーのアパートに三頭のラブラドールと一緒に住んでいましたが、文豪ディケンズが住んでいたアパートが同じ並びの数軒先にあり、いまは記念館になっています。末の娘さんがスペインのマドリッドに嫁いで二人だけの生活に戻ったので、思いでの地に記念旅行をしているのだと言います。たしかに、ここウインダミアにはラブラドールを飼う人が多いと思えましたが、こうしてラブラドールを連れて来ている人たちもいることを知り、妙な感心をしてしまいました。そして、ラブラドールの特異な分布がおぼろ気ながら理解できました。

ディケンズ記念館の外観と内部

 

 しかし、どんなに愛して可愛がっていても、ケジメはしっかりつけているようです。ご夫妻の部屋をお訪ねすると、畳一枚分よりやや大きめの使い込んだカーペットに、三頭が並んで寝そべり寛いでいます。カーペットは自宅で使っている彼らのハウスで、旅行には必ず持参しているのだそうです。初めてのところへ連れて行っても、馴染んでいるカーペットで落ち着いていられ、部屋を汚したり傷めたりする心配のない方法だと言います。 愛車ボクゾールはご夫妻専用で、三頭の専用車はそれに牽引されているリヤカーに屋根がついて小さな窓がついたようなトレーラーです。中を覗くと、麦わらと干し草がたっぷり敷き詰められています。干し草は犬の身体にノミやダニがつかない薬効がある草で、昔から寝わらに混ぜるのは飼育管理の常識であると言います。毛布や綿布はまあ良しとして化繊は良くないと言います。ロンドンの中心地に住んでいて麦わらと干し草が入手できていることに驚き、日本で都会に住んでいたら考えも及ばないことと思いました。

リリアンと3匹の黒ラブ

 

 余談となりますが、ご夫妻の愛車ボクゾールは日本のプリンス・スカイラインのような珍重車です。かなり頑ななポリシーを持ったカー・マニアのように思えます。たぶん英国人の誇りとして、その車に乗っているのではないかと思いました。プリンス・スカイラインは、いまやクラシック・カーとしてしか存在していませんが、ボクゾールはピカピカの新車です。ローバー・ミニのように細々と作り続けるイギリス人に只ただ驚きます。ロンドンへ帰る手段を尋ねられたので、新幹線のインターシティで直行すると答えますと、急がないならストラットフォードからバースの手前辺りまで一緒に寄り道しないかと誘って下さいました。わけを尋ねますと、その間のコッツウォルズ地方(注・4)は羊毛で有名なばかりでなく、緑美しい丘陵と中世からの町並みはイングランドで最もイングランドらしい所として観光名所になっています。 クルツさんは定年退職したらロンドンのアパートを引き払い、田舎家に住んで農夫をする(Farming)のが「イギリス人の夢」であって、私たちの夢だと言います。確か、あのチャールズも、皇太子にならなかったら農夫になっていただろうと言っているようです。しかし、私たち日本人が想像するものとはだいぶ違い、どうやらバラの花をつくる程度の"庭いじり"(Gardening)のようです。もし邸宅内に農地ろ牧場を持っても、自ら従事するのではなく、農園や牧場の主になるというき意味なのでしょう。

末娘と可愛い孫そしてベン

 

 

 

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