「美人の実証研究」(その1)

 

 心理学は実証の科学といわれ、今まで経験的に分かっていたことを、改めて科学的に検証する学問です。その実績から当然が当然と証明されたばかりでなく、当然と思われていたことが事実に反していることも判明し、その数々の知見から「常識のウソ」という言葉が生まれたほどです。しかしながら、学者や研究者は科学的であって且つ明確な結果を得たいがために、そのような結果を得にくい研究は避ける傾向も生まれてしまいました。

 「美人の研究」はそれの最たるもので、ほとんど手つかずのままでした。「美人」という言葉を聴くとニンマリする人や不愉快な顔をする人や、更にはソレがどうしたと平生を装おうとする人などもいるようです。そもそも「美しい」ということは、「頭がよい」ということや「運動が得意」ということと何等かわらないものであるはずが、なぜか同格に扱われることはありません。そして生まれつき「備わった能力」ではありますがそのままにしては惜しまれて、努力によって磨き上げる必要があるところも共通しています。

 その為に、IQの指数がずば抜けて高くても全く勉強する気を起こさないでいるなど、その資質がありながら何等努力をしないでいるとお為ごかしに非難されるところまでよく似ています。「美人」は時代によって評価に変 化がみられ、明治時代の修身や倫理の教科書では美人は罪悪、美人でないことが望ましいという考え方が強く提唱されました。美人は愚かで堕落しやすく、醜女は才能や徳がつきやすい。美人は虚栄心のために人生で失敗しやすいが、不美人のハンディはいくらでも回復できるという論旨です。この時代に「美人排斥論」が起こった背景には、家柄を重視し恋愛を禁ずる徳川時代が終わり自由にできる時代になった社会構造の変化があります。

 自由恋愛が許されると下層階級の女性と恋愛し結婚して妻に迎えることができます。階層を越えた結婚ができると社会階層が流動化します。こうした流動化を防ぐためにこの「美人排斥論」が起こったと考えられます。日本古来の文化と伝統が、明治政府の富国強兵政策によって意図的に変革されて、鎌倉時代の武家政治の台頭期以上に男尊女卑が決定的になりました。歴史的に見ても女性の天皇が存在していたにもかかわらず、帝国陸海軍を統率する大元帥を天皇とするために、女性の天皇では士気に係わるとして男性に限るものとしてしまったのが、その典型的例です。

 大正時代になると、次第に美人を肯定的に論じる風潮が起こりましたが、ただ単純に褒めそやすのではなくて、外見以外の点で美人を認めようとする「美人の拡散化」の方向で議論が起こりました。そしてこの頃から「健康美」や「知性美」という言い方が出て、今日でも使われていることはご存じの通りです。そして現在は高度成長と国民総中流化を背景に、美人への関心が最も高まっています。しかし、公的な場で女性の容姿を論じることは追放され、 誰でも美人になれるという「美人の普遍化」が広まりました。しかしそれは建 前にすぎず、「美人は頭が悪い」などの明治以来の観念がいま現在でも根強く残っています。

 男女とも容姿を気にする方向へ意識が強く変化していますが、それと誰でも美人になれるという「美人の普遍化」は明治以来の産業構造と深くかかわっています。特に高度成長に伴って、大量生産大量消費型経済に 需要拡大が必須という考え方が大きく影響を与えているようです。

 

  

 

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