“冬彦さん”とトイレの便座

 

テレビ・ドラマの登場人物だったのだそうですが、“冬彦さん”は今やあのサザエさんの夫のマスオさんと並ぶ有名人のようです。「冬彦さんのような人」と言えばそう聞いただけで、殆どの人が「フムフムフウーン」と納得してしまうようです。“冬彦さん”は果てしない嫁姑戦争のはざまで日光東照宮の三猿のように、見ざる言わざる聞かざるとなりついには殻の中に閉じ籠もってしまっている人のことをいうようです。このことばかりがそれの原因だとは思いませんが、実在する「冬彦さん」は誤解されそうで気の毒です。

 さて、強迫神経症の一つに不潔恐怖症という病気があります。概ねキレイ好きであるとか潔癖症と言われているような人の、度を越したようなものを言います。昔からある病気で近年とくに増えた病気ではありませんが、節度なくテレビや雑誌の広告が除菌クリーナーや除菌スプレーなどをのべつ宣伝しているものですから、この困った状況を「一億総不潔恐怖症時代」という評論家がいるほどです。“不潔恐怖症”であるか否かは、それで困っているかどうかで決めても良いようなものですが、精神科の診断となるとそうはいきません。

  来談して訴える方はどなたも重症であると決めつけますが、そもそも神経症は“不安の先取り病”ですからその訴えも尋常ではありません。この病気の人は手を洗いすぎて、指紋がすり減って消えかかっているのが特徴です。その場で手指を見せてもらえばおおよそ見当はつきますが、お宅を訪ねて拝見させて貰うとその生活ぶりでハッキリします。トイレを使用する毎にペーパーを一巻き使うなどという逸話は、今までに幾度となく聞かされています。ところが高校生の息子が不潔恐怖症だという母親の口から、「息子が家のトイレで小用をする時に手で便座を持ち上げられない。そのままでは便座を濡らしてしまうからと、お尻を出して座って小用を足している」と言います。

 そのお宅ではトイレの便座は立ててなく、その家の男性が小用を足す時に持ち上げるものと、しごく当然のように言います。たしかにお宅によって、便座を立ててある家と伏せてある家があります。使用する時に女性は下ろし、男性は上げる、単なる習慣の違いといえなくもありません。しかし、そこに大きな問題が潜んでいるように思います。“父なき社会”と言われて四半世紀が経ち、ここに“冬彦さん”現象が少なからず存在しています。父親までもがトイレの便座を持ち上げて小用を足すのと、「思春期挫折症候群」と呼ばれる一連のノイローゼとは決して無縁ではないように思います。一家の大黒柱とトイレの便座は、しっかり立っている方がよいのではないかと思います。 

 

 

 

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