“かわいい子にはタビをはかせろ”

 

 

 軟弱な若者が増えたと言われています。実際に数の上で増えているかどうかは別にしても、街中や電車の中にそんな風な若者が増えているかのように見かけることは確かです。しかし軟弱に見えるということで、中身まで軟弱と決めつけてしまうのは早計でしょう。あの神戸の震災では全国の若者たちが自発的に参集して、ボランティアとして救援活動に大きく貢献したのはご存じの通りです。その活動ぶりをTVのニュースで日々刻々と知らされて、全国の大人たちは認識を改めさせられてしまいました。

 平和で豊かな時代に生まれ育った若者には「治にいて乱を忘れず」は理解できないでしょうし、必要があるとは思えないのでしょう。しかし、一旦事あらば敢然と立ち向かう心づもりはあるようです。張り子のトラよりも、羊の毛皮をまとった狼ならぬワンちゃんでも良いのではと思います。ちょっと知られたジョークでは、ピラミッドの墓室の中の落書きに「近頃の若者は」とあるとのことになっていますが、それが東大寺の天井裏の梁にも墨痕鮮やかに「近頃の若者は」と変わることからも、古今東西の大人たちが異口同音に「その軟弱さ」を嘆く気持ちは遺伝して受け継がれているのでしょう。

 明治生まれのお年寄りがご健在だった頃には「兵隊に行けば、シャキッとなる」という台詞が聴かれ、いまは軍隊がないのが残念であると言いたげなふうでした。ところが大正から昭和にかけて生まれのお年寄りの現在では、過激な発言を聴くことはほとんど無く、もっぱら嘆きが主のようです。しかし、スパルタなシゴキを是認するような風潮が衰退したことは結構なことです。兵隊へ行って帰って来れなかった若者たちのことを考えると崖下から這い上がれなかったライオンの子どもの方を思い出し、とても先進社会に起こる出来事とは思えません。

 先人たちの犠牲と努力で得られた豊かさは、誰にも生存が保証された「弱者を保護する」社会を維持するために費やさねばならないと思うからです。「貧乏人の子沢山」は、かつての乳幼児の死亡率が高かった頃の生活自衛手段だったのです。子どもが唯一の資産ということでは、親子ともに気の毒です。豊かな社会となった今、生まれるはずのない子どもが生まれ、育つはずのない子どもが育ち、いつの間にか常識と現実に格差が生じています。安心して21世紀を任せられる若者が数多くいてくれることは確かですが、放っておいてはならない若者が少なからずいることも確かです。

 適齢期の男女比率が崩れて結婚にあぶれる男性が増えているのは序の口で、当たり前の社会生活を営めない若者も増えています。学校に行けない、会社に行けない、友だちが出来ない、結婚が出来ないなどが、当たり前のことなのだから出来て欲しいと思いつつ、手出しが出来なくて放っておくことになります。幼少期からどんな子だったかをよく知っている母親は、どんな風にサポートしたら良いかはある程度判っています。しかし、子どもの時にしてあげた方法で良いのか自信が持てないのと、過保護だ過干渉だと非難されるのを恐れて手が出せないようです。

 お母さんたちの「経験に培われた直感」は、そのまま信じて良いのです。しかし若者に接する時に必要な勘処としては「ころばぬ先の杖」を止めて、一歩後を歩いてあげて欲しいのです。そして意見を求められたり、助力を求められた時に応じれば良いのです。可愛い子に旅をさせては酷なことでも、足袋をはかせればイバラの道も歩いて行けるのです。

 

  

 

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