満州国皇帝と日本の父親

         

 いぜんに「ラスト・エンペラー」という映画をみておりましたので、先日観たミュージカル「李香蘭」ではおおぜい出てくる歴史上の人物のうちのひとりぐらいと見過ごしてしまうところを、皇帝溥儀の一挙手一動に意味を感じとることができて楽しくかつ複雑な心境で鑑賞しました。皇帝になるべく生まれつき、帝王学を修めて成長し皇帝になるべき時にはすでにその状況はない。皇帝になりたい一心で関東軍の傀儡を承知で満州国皇帝に就き、ついにその座を追われて一市民となる。ミュージカル「李香蘭」では、皇帝溥儀の登場場面は歴史の流れと戦況を知らせるだけの演出と浅利慶太氏は考えているようですが、日中戦争を軸にした激動の昭和史に巻き込まれ押し流された李香蘭の半生よりもむしろ皇帝溥儀の半生に面白みを感じました。

 なぜ面白みを感じたかといいますと、今まで情報理論や行動科学では説明がつかない「女性心理」に興味をもち、そこに解釈をくわえることで解明の感触をつかんだと思えていたところ、ごく最近計らずして「男性心理」が見えてきていたという私自身の事情があったからです。そして日本の男性の結婚への、そして父親への「心の軌跡」が清朝第十二代宣統帝が満州国皇帝溥儀へ至るまでのそれと可笑しいくらいにピッタリと思えてしまうのです。心理学の専門家の常識として「男の子は大切に育てるように」という言い方があります。世間の常識である「女の子には優しく、男の子には厳しく」という育て方とは一見相反するようにみえますが「総領」として「家長」としてその役割を担っていけるたくましい男性に育って欲しい気持ちと、その為には「いじけた子ども」にならないよう育てる大切さを重視する考え方と、視点が異なるだけで願いは一緒とみることができます。

 男の子は立派な社会人となり頼り甲斐のある一家の主になって欲しいという期待を親を含めた世間に当然の常識として存在するものですから、なにがなんでも一流の大学へ入って、なにがなんでも一流の会社に入り、誰もが羨むような家庭と生活を獲得したいと思ってしまいます。結婚をまぢかにした男性は理想とする良妻賢母になってくれそうな女性を獲得できたと思える喜びで幸せ一杯となり、結婚をまぢかにした女性は結婚した後の生活を想像して不安になり憂鬱な気分になるといいます。ところが結婚した途端に逆転し、男性は何かに付けて「新婚さんは」といわれるので、顔が引きつっても満面に笑みを絶やすことはできません。

 ところが女性は子供を持つと更に「妻の座」に安定し貫禄を増します。カルチャー・センターの隆盛から文化活動を通しての女性の社会進出は、仕事しかない男性にとって自分の手のひらをじーっと見つめさせる切っ掛けになっているのではないでしょうか。かつて私は女性に対して、家事・育児など上手くやれて当たりまえ下手にやったら非難されるという不合理を感じたものでしたが、最近は男性に対して、豊かな生活を支える為とはいえ「仕事中毒」といわれる毎日で納得のいく人生になっているのかと心配になります。

 「熟年対策」は40代からといわれておりますが、特に「食わせている」と暴言をはき「稼ぐだけの人」と家族から見放されたお父さんはご注意下さい。稼げなくなった時のことを。ラスト・エンペラー溥儀は中国政府の温情で一市民としての生涯を全うしましたが、日本の父親の老後には家族と温情を契約しておく必要があるように思います。 

 

 

 

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