ストレスを左右する食べ方、生き方

 

 現代のキーワードともなった「ストレス」という言葉を今を生き、仕事をしていく上で、避けることができないのなら、どのようにつき合うかが大切。栄養学と精神衛生の両面からお聞きしました。

 金子 今日の話は「ストレス」がテーマということで―私は栄養指導の仕事をしていますが、ここ5、6年ですか、ストレスが原因で食事が乱れて病気になってしまう、という症状に出会うようになりまして。こうしたストレスの問題、中嶋さんはどんなところに背景があるとお考えですか?

 中嶋 単純に言うと、ストレスの量が昔に比べて増えただろうということと、もうひとつは豊かな社会と言っていいのかどうか分かりませんが、少なくとも経済的には豊かになりましたから、ストレスについての関心が持てるだけの余裕ができてきたということがあるんじゃないかと思います。どんなストレス状態でも、明日の生活、明日のパンとかお米のことを考えなきゃならない人は、ストレスのことは考えてないと思うんですね。

 金子 余裕が出てきたということは、個人に余裕が?

  中嶋 そうですね。個々人であるし、また社会にも・・・・・ということだと思いますね。

 金子 私の専門の話になるんですが、食生活の面からみると、良くなっていると言われているんですけれども、いろんな栄養調査をみても良い人と悪い人の差がかなりあるんです。栄養状態が良い、つまりエネルギーも普通に取れていて、たん白質もビタミンもミネラルもきちんと取れている人というのは、これは独断かもしれないんですけれども、ストレスに強いんじゃないかと思うんですが、いかがなもんでしょう。例えばたん白質不足だとかビタミン不足だった場合に、何かストレスが加わるとすると、身体に早く症状が出るとか、そんなことはありませんか?

 中嶋 ストレスで、それが症状に出やすい人と?

 金子 ええ。栄養状態の良い人と悪い人を比べると。

 中嶋 あるいは栄養学の面で、コントロール群と実験群に分けてそんなレポートがあるかもしれませんが。ただ、確かに栄養というのは大事だと思いますよね。

 金子 可能性としては、やはり私はストレスと関係があると信じているんですね。そうした面から考えると、どんな栄養調査をみても、エネルギーもたん白質も全部取れて栄養状態がよいと判定する人というのは約1割に満たないんですよ。高校生の調査ではほとんどいなかった。それぐらいの状態ですから、栄養状態という面でみるとかなり悪い人が多いと私は考えているんです。そういう人の差が段々出てきて、全体を平均すると今は良いと言われていても、現代は何らかの問題を皆が持っているんじゃないか。そういう状態だからストレスが増えてきた、というか、ストレスの症状が出てきている割合が増えてきているんじゃないかというふうに考えているんですよね。だから栄養士としては、たとえいろんなストレスがあったとしてもきちんとした栄養状態を持っていれば、対抗できる力ができる、身体の中の力がついてくるのではないか、できたらそうなってほしいと思っています。

 中嶋 一言でいえば、“バランス良く”というのが大事なことになるんでしょうかね。

 金子 そうですね。人間の身体というのは、何かひとつの栄養素だけたくさん取っても駄目なんですよ。ビタミンCだけたくさん取って、後の食生活が例えば朝は無し、昼は麺類だけ、夜はお酒とおつまみだけ、というような生活をしていますと、いくらビタミンCを飲んでも駄目ですね。

 中嶋 あと、最近は逆に、取り過ぎの問題もあるわけでしょう?

 金子 ええ、あります。ストレスに関係して言うと、ストレス解消法の中で手軽なっていうのはやっぱり食べることだと思うんですね。逆に食べられなくなる人もありますがそれはちょっと置いておいて。ストレスを解消するのに何か食べるとホッとするとか、そういうことを知らず知らずのうちに覚えていて、「疲れた。じゃあ1杯飲もう」というのもそうだと思いますし、疲れたときに甘いものを食べようというのもそうだと思うんです。だからその辺の問題もずいぶん出てきている。その背景を見ないで、「あなた、甘いものはやめなさい」というわけにはいかなくなっている。お酒の場合もそうですね。「肝臓が悪くなるからやめなさい」って言うんじゃなくて、どうしてお酒を飲むようになるのかというところまでいかないと・・・・・・・。

 中嶋 最近「寂しい女は太る」っていう本がありましたが。

 金子 ああ、ありましたね。

 中嶋 私もあの本を読みまして、前半は林真理子さんなんかが出てきて非常に興味本位に書いてあると思いますけれども、後半は真面目に、学問的にも納得できる内容だと思うんです。それと昔は、良いものを食べている、豊かな人が太っているという感じだったんですけれども、最近は安いもの、特にスナック・フードみたいなものをたくさん食べるから太っちゃっているというふうな感じがあるみたいですね。

 金子 そうですね。栄養的に満足しない、よくない食事をしている人間というのは、「ビタミンCが不足している」というような反応はないんです。その代わりに、やっぱり何か足りないんじゃないかというので、何でもいいから食べてしまうということがあるんですね。

 中嶋 これもストレスの現れですね。ところで、私、精神衛生のコンサルタントをしていて感じるのは、ストレスということを皆さんが十二分に知っていてつもりなのに、ほとんど分かっていないのではないかということですね。ストレスって、例えば胃の具合が悪いくらい一般的なことなのに、極めて特殊なことのように思われちゃっているということと、我々が当たり前の毎日の生活をしていることが、実は極めて過剰適応しているんだということも、なかなか分かってもらえない。私はサラリーマンの方は過剰適応という意味で大したもんだと思っているんです。どんなに深夜飲んだり付き合いをしていても、朝になるとピシッと起きて、電車に乗ってますよね。駅の立ち食いでそばをかきこんでいたり、あるいは寝ながらつり革にぶらさがっていたり、午前中は悲惨な顔をしていても、きちんと起きてきちんと休まずに会社に行っていますから、しかも満員電車にぎゅうぎゅう詰めになってね。これは大したものだと感心していますけれども、しかし何といっても過剰適応ですから。

 金子 確かに考えてみれば大変なことですよね。

 中嶋 極めて健康な人というか、約70%ぐらいの人は、こうした生活を何の疑いもなく当然のようにやっている。例えばそれで胃の具合が悪かったとしても、当然のことと思っちゃう人は何の疑問も持たないだろうと思うんですけれども、なまじ神経が細かったり、あるいは自分の人生を見つめ直す機会を持っちゃったような人は「これで良いのだろうか」と ― ストレスを感じるのは自分の中に問題があるんじゃないかという ― 自己不全感とでも言いましょうかね。自分の中にどうも納得のいかない部分を感じちゃうようですね。

 金子 神経の太い人と細い人、うーん、本人のためから考えると、どちらが良いんでしょうね?

 中嶋 これは考え方感じ方様々だと思いますけど、私は長い眼で見た場合、細い方が良いと思いますけどね。と言うのは、あまり丈夫すぎてタフの固まりのような人がある日突然、過労死とか突然死を ― 自分がいかにストレスフルの状態、超過労の状態になっていても認めずに、いわゆる精神力とか根性とかで頑張っちゃうようなことがありますから。ただ、無理を感じていても許されない状況とか境遇、立場とういうのもあるでしょうね。私のところに見える方で、敢えてストレスは承知の上で、自分は同期の中でトップに昇りつめたいような人もいますよ。そうすると、ストレスは承知の上ですからね、こちらとしてもできる限りの援助をするということにはなるんですけれども − 複雑な心境ですよ。

 金子 大変ですね。私なんかでもそういう場合、やっぱりその生活をやめろとは言えないですからね。結局「それに耐えられる身体を作りなさい」とか、「きちんと食べなさい」という指導になっちゃうんです。それも、量的に何を何gとか言わないように、真面目な方が多いでしょう、だから量を細かく定めると、かえって負担になってしまうんじゃないかと。ですから、せめてまず穀類、そしてたん白質、野菜。そのうちに生野菜だけじゃなくてスープにするとか、たっぷり野菜を入れたみそ汁を食べなさいっていう形で、段々良い方に近づけていくような食事の指導をしていくんです。たん白質についても、脂肪は取った形でとか、次はビタミンをとか・・・・・段々に食事改善ができるように話を進めていくと、大体皆さん分かってくれるんでしね。ただ、指導にのってこないという人もいるわけで・・・・・これはどうなんでしょうね。

 中嶋 私の立場から言わせると、やりたい、したいと言っても行動がともなわない場合は口で願望を言っているだけであって、本当はやる気がないんだと思っていますね。だからちょうど牛を水のところへ連れていってと、そこまではしますよね。それで飲むかどうかは本人次第でしょう。そこでしつこく「あなたは水を飲みたがっているはずだから飲め、飲め」ということはしませんよね。飲もうと思ったらいつでも飲める状況を作っておいてあげる、いわば“待ち”の姿勢が、実際的な効果のあることではないでしょうか。

 金子 例えば、ストレス・チェックみたいなものがありますよね。そんなものから、「結構ストレスがあるのかな、じゃあ何か気をつけよう」みたいな感じで入ってくる人でもいいですよね。

 中嶋 そうですね。でもチェックを受けた人でも、おみくじとか占星術とか、そういうレベルでとらえている人は「ああ、そうなの」で終わっちゃう。だから、実際は10人のうち3人くらいが指導を受けに来ると思っていればいいんじゃないでしょうかね。我々の仕事は、やっぱり決して無理強いはいけないし、特にいらぬおせっかいと好意の押し売りというのは絶対やっちゃいけませんから。 金子さんとか私とか、指導する立場にいる者は、あまり熱心にならないで、「もしよろしかったら」というぐらいに構えていないと、今度は我々の精神衛生上よろしくないですよ(笑)。

 金子 栄養士っていうとその辺がつい熱心になってしまって、今も少し反省しなくちゃなぁと―。それで、実際にはどういうふうに指導なさるんですか?

 中嶋 やっぱり個別のカウンセリングですね。その人が納得のいく人生を歩んでいるかどうかということを点検させる必要がありますよね。納得がいくというのは、かなりのところまで耐えられるんですが、納得いかずにやっていることというのは、ものすごいストレスになりましてね、それによって心身に大きな影響を与えることになるわけなんです。話としては、特に栄養と食事の指導という立場からですと入っていきやすいですね。食事と栄養は身近な内容で、しかも日々の生活とか、オーバーに言えば人生のあり方と無縁じゃありませんから。“無理なく”が生活改善の鍵です。

 金子 結局、食事の内容の点検というと生活とずいぶん関係してきますよね。

 中嶋 数字の上で確認したわけではないんですが、私の日々の印象としては、会社で頑張っている女性はわりと、日々の点検のような感じで相談にみえるということはありますね。ところが男の人は、、会社の健康管理室のようなところから「相談に行きなさい」と言われて来るんですよ。

 金子 それは面白いですね。

 中嶋 多分、女性は自分の身体の変化でストレスに気付かされる部分があるんですね。ところが男の人っていうのは、そういうのがないもんだから、ただ“馬車馬”みたいに突っ走っちゃって、数年後に気づくみたいな。だから私は男の人に言いたいんです。30,40という節目には、必ず自分の人生を点検する気持ちをもっていないと、後で取り返しのつかない時になってから慌ててもはじまりませんよ、と。

 金子 なかなか耳の痛い話ですね。

 中嶋 そういう意味で、男の人を啓蒙しなきゃいけないですね。本当に自分のことを考えていたら、フィットネス・クラブとかヘルス・センターみたいなところへ行っていいと思うんです。ところが、「そんな暇はない」とか「忙しい」ことを言い訳にしてやらない。必要を感じてやる気があれば、1日5分10分だってかなりのことはできるし、家の中で畳の上で寝転がったってできるわけですよね。ところがやらないというのは、確かに日々の生活が大変で、過労意識を持っていますから、休養をとることくらいしか対応策を知らないからだと思うんですね。かえって生活にメリハリをつけた方が、いかに疲労回復にも役立つし自分の心身のコンディションを維持するためにも大事かってことを、一般の人は気づいていないんじゃないですかね。こういったことが分かり、共感して自発的に歩く・走るといった行動に出てくれるようになったら、ほとんど治療においてもゴールに近いところまで来ているんですよ。

 金子 運動の話になってきたんですが、厚生省がずっと栄養所要量を出してましてね。その中で「運動を毎日しましょう」ということをうたってるんです。これは成人病の原因が運動不足とエネルギーの過剰で、運動してエネルギーを消費しましょうという考え方のひとつなんですが、これに「歩くことが身体のストレスの解消にもなるよ」ということが加わると、もっと自分にも関係あることと受け取れるんじゃないでしょうか。

 中嶋 同感ですね。健康のためにいい方法にはいろいろあると思うんですけれども、練習なしに唯一、すぐにでもできるというのは歩くことなんですよ。だから私は音楽を聴くことと歩くことを勧めているんです。それから、続けることですね。私は毎朝、多摩川の土手に行っているんですが、歩いている人、走っている人、自転車に乗っている人、大勢いる中で、続かない人も多い。で、私の個人的趣味も入っちゃうんですが、まず犬を飼いなさいと。それも大きめの犬、たくさん運動させなきゃならない犬ですね。犬を飼うと散歩させなきゃならないから大変だって言いますけれども、自分が歩くために犬につき合ってもらうんです。そうすると自分の意志が崩れそうになっても、犬の方は歩いてもらうつもりになっていますから、散歩に行かないわけにはいかなくて―私の場合もそれで、10数年続いているんですけれどもね。

 金子 それはいい方法ですね。今、長続きという話があったので、私の指導の話をちょっと。やっぱり指導していても、急激な変化というのは無理ですね。例えば真面目な方で、すごく乱れた食生活をしていてガラッと変えるとしますね。そうすると続かないんです。今までの食生活をあんまりいきなり変えないで、悪かったところを少しずつでいいから変えていってもらう。その方が本当に食生活が改善されていくんですね。確かに良い食生活のパターンというのはあるんですけれども、そのパターンと自分の食生活が離れた場合に、急にそのパターンにはめ込むんじゃなくて、少しずつ目標に向かって移動していけばいいんです。自分との差を見て、その中で何かひとつ、改善できればいい。それができたら、一歩進んでいるわけですから。

 中嶋 だから、私は「無理なく」というのを付け加えたいんです。

 金子 そう、そうですよね。「良い」というのに向かってひたすら進んじゃうっていうんですか、それですぐ挫折してしまって、「ああ、もう駄目だから食事の注意は一切しない」とかね。そんなふうになってほしくないんですね。栄養補助食品はT,P,Oを考えて

 中嶋 最近ビタミン剤とか栄養栄養補充食品がたくさん出ていますけど、そういうものはどうなんですか?

 金子 まあ、忙しい方の中には補助食品を使う方も多いと思いますが、ただ、自分の食生活の欠点がどこにあるかというのを知った上でないとそんなに効果はないんですよ。

 中嶋 使用法と使用場所を間違えないということですね。

 金子 そうです。間違えない。何か体調が悪いから何か食べれば、そういう手軽なものを取ればいいとか、安易に考えられすぎていると思うんです。ともかく自分の食生活に何か欠けている、どうしても食事だけでは解決できないとなった時に使うものだと私は思いますね。

 中嶋 安易な道は長い目で見ると遠回りだと―。

 金子 そうですね。とにかく一歩ずつ進んでもらえれば。例えば肥満で食事内容は変えられないとおっしゃる方に、「じゃあゆっくり食べるようにしたらどうですか」「じゃあ噛む回数を増やしたら?気がついた時よく噛んでみてください」って。そうしたらそれだけで食生活が良くなっちゃうんですね。食べる量が減っちゃったり。野菜を噛むのも、例えばごぼうだとか筍だとかの煮物を先に少し召し上がって、それから食事にしたらどうですかと。 それだけ噛む回数が増えますよね、それだけでも食事の内容が良くなっていくこともあるんですよね。

 中嶋 あと、食事の後に歯を磨くことも。私自身、ブラッシングを取り入れたおかげで煙草を吸わなくなったし、食事も今までのようにたくさん食べなくても済むようになりましたよ。

  金子 そうそう。そんなふうに、目標はひとつだけれども、それにたどり着く道は無数にあると思うんです。ですから、この人にはこう、あの人にはこうって、柔軟な気持ちをもつことも、いいんじゃないでしょうかね。 

 

 

 

oak-wood@lovelab.org

http://www.lovelab.org

 


もどる