障害者施設襲撃事件と「措置入院」の見直し

      

 相模原市障害者施設襲撃事件

 2016年7月26日午前2時半ごろ、神奈川県相模原市緑区にある障害者施設の職員から「男が侵入した」と通報がありました。警察官が駆けつけたところ、少なくとも十数人の入所者が刺されていました。同日8時30分時点の報道によりますと、相模原市消防局が19人の死亡を確認し、他に26人が負傷(うち20人は重傷)していて、平成の殺人事件としては最悪の被害者数となりました。被疑者の男は午前3時すぎに神奈川県津久井警察署に出頭し、殺人未遂と建造物侵入の疑いで逮捕されました。その後、殺人容疑に切り替えて調べていますが、容疑者は26歳でこの施設の元職員だと話しているようです。戦後の日本において容疑者が逮捕された大量殺人事件で、一人の人間が一日で犯した殺人による死者19人は過去最多の人数のようです。世界中で頻発しているテロ事件と酷似していることから、大きなニュースとして報じられ、米ホワイトハウスは「障害者施設で事件が起きたことに強い嫌悪感を感じる」などとする声明を発表しています。

 植松容疑者は2月14日に衆議院議長公邸を訪れ、衆議院議長宛に犯行予告の書簡を渡そうとしていました。また、2月19日に勤務中に障害者施設職員に対して「重度障害者の大量殺人は日本国の指示があれば、いつでも実行できる」と障害者殺害をほのめかす言葉を話したことから、障害者施設の職員が警察に通報しました。警察は精神保健福祉法に基づいて相模原市精神保健福祉課に通報し、同課は精神保険法指定医2人の診断のもと「他人を傷つける恐れがある」と判断して、容疑者を精神科病院へ緊急措置入院にしました。相模原市によりますと、措置入院中の2月20日に容疑者の尿と血液を検査したところ、大麻の陽性反応が出たとのことです。入院から12日後の3月2日に容疑者に症状が無くなったことから、担当医師の判断で退院となりました。

 植松聖容疑者(26才)は、障害者施設「津久井やまゆり園」から南東に約500メートル 離れた山林にほど近い住宅街で暮らしていました。2階建て住宅の 玄関周りは雑草が伸び、手入れされた様子はありません。 近所の人によると、4〜5年前まで両親と3人で生活していましたが、 両親が東京都の郊外に引っ越した後は1人だったようです。植松容疑者の父は小学校の教員で、植松容疑者も教員を目指して近くの小学校で教育実習をしたことがありました。近所の人たちに丁寧な挨拶もするし、実習中は生徒たちから『いい先生』と言われていたようです。

 最近、植松容疑者を自宅前で見かけた人たちは、それまで黒かった髪が金髪になっていて驚き「教員を目指していたが挫折して心境の変化があったのだろう」と噂していたようです。さらに、近所で噂になっていたのは、体に入れ墨を入れたのがばれて障害者施設の仕事を辞めたということでした。植松容疑者が自宅前の路上にシートを敷き、上半身裸になって日光浴をする姿が見かけられ、肩から背中にかけての入れ墨があったようです。植松容疑者をよく知る地元の友人は、「フェイスブックの投稿が、事件直前の午前2時ぐらいにアップされていて「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!」などと書き込みがありました。スーツ姿の自分の自撮りの写真を載せていて、「あれ、なんだ」と思うような投稿でした。顔つきがちょっと普通じゃなく、何かあったのかなっていうような感じには見えました。」と語っています。最後の書き込みは、110番通報の直後とみられ、赤いネクタイに白いワイシャツ、黒いスーツ姿で、口を半開きにし、少し固い笑みを浮かべて正面を向いた自撮り写真を掲載しています。

 しかし、羽目を外ずしてフィーバーするタイプだったので、友人には特別なことのようには思えなかったと言います。植松容疑者のものとみられる「聖」名のツイッターアカウントのトップページの背景には「マリファナは危険ではない」と書かれた画像があります。植松容疑者が津久井やまゆり園を退職した2月19日には「会社は自主退職だが、このまま逮捕されるかも…」との投稿が残されていました。背中に入れ墨が入った写真を載せて、ました。笑顔で乗りきろうと思います!」と書いていました。ドイツ・ミュンヘンで銃乱射事件があった今年7月23日には、「ドイツで銃乱射。玩具なら楽しいのに」と投稿しています。

 たいへん不幸な事件が起こってしまいました。多くの被害者たちや関係者ばかりでなく、国内外に大きな反響を及ぼしました。薬物依存や精神病を疑わせるような報道もありましたが、事件に結び付きそうな加害者の言動や事象から「パーソナル障害から妄想性障害」にエスカレートしたもののように思えます。この事件は特異なものですが、このような事件を起こしてしまう " 一歩手前 ” の状況にある若者が、少なからず存在して年々増加して蓄積されているように感じます。

 特徴的なのは、教員の家に生まれ育って教員になれなかったことです。医師や弁護士などと同じようで、国家試験に合格しないと親の職業を継げないのです。さらに教員は免許を取得しても採用試験に合格しないと教員ではないのです。かつては教員になれなくても、それに代わる職業に就職できたと思える機会がありました。しかし昨今は非正規就労ばかりで、不安なく満足が得られる就労の機会は殆どありません。 障害者施設に就職して、正規職員として採用されるまで頑張ったようです。しかし、ひどい自傷行為や殴ったり噛み付くなどの他害行為がある「強度行動障害」者への報われないお世話に耐えられ無くなったのでしょう。最近は認知症介護の大変さが知られるようになって来ましたが、自傷他害傾向がある障害者へのお世話は想像を絶するものがあります。

 大学を卒業してから介護士養成の専門学校へ進学する流れが出来てきているようですが、介護現場を見学してから決めるよう勧めています。心構えが出来ていなければ、中途離職に至るまで介護される方も不幸です。今の若者が不幸なのは、人生の歩み方を大人が教えてあげていないことです。地図も磁石も無く「五里霧中」を強いられ、立ち木の衝突するのも穴ぼこに落ちるのも「自己責任」にしてしまうのでは余りにも気の毒です。かつて連続殺人の永山則夫死刑囚が獄中で「無知の涙」を著したのにも拘らず、死刑が執行されてしまいました。この事件の結末も個人の問題として処理されて終わるのではないかと懸念されます。

 

 障害者施設殺傷事件を受けての「措置入院」の見直し

 相模原の障害者施設殺傷事件を受けて、厚生労働省は措置入院の制度や運用の在り方について見直しを検討する方針を固めたようです。専門家による有識者会議を開いて改善点を議論するとみられています。犯行現場となった障害者施設を視察した塩崎厚労大臣は措置入院に関し、「警察との連携を視野に、行政や障害者施設との連携が適切だったか検証します。 入院の原因は大麻だったということなので、大麻など薬物依存患者へのフォローアップを十分に考えて行かなくてはなりません」と述べたようです。

 塩崎厚労大臣の発言は的確だったと思いますが、専門家による有識者会議がその発言を受けて、どのような改善点を見い出すのでしょうか。精神保健福祉法に基づき、精神疾患によって「自傷他害の恐れ」がある場合に、本人や家族の意思にかかわらず強制的に入院させる「措置入院」です。全国で千カ所を超す精神科「指定病院」で、年間約1600人の措置入院患者を受け入れています。一般の精神科病院に比べて精神科「指定病院」は、その「覚悟」を持ってそれに対処していますが、「依存症患者」は ” 患者 ” らしく無いので看護師たち病院職員は、他の患者と同じように ” 患者 ” として扱えない戸惑いを感じるのです。

 いわゆる「精神科の患者」は、服薬で安定しますと思考も動作も緩慢になり扱い易くなります。ところが「依存症の患者」は、アルコールや薬物が体外に排出されてしまうと ” 普通の人間 ” なのです。病院として内科的な治療は施しますが、依存症そのものの治療を施す機能を持ち合わせていないのです。単に「依存症の症状」が無くなったと云うことで退院させているだけなのです。不承知の入院では無断離院や規則違反が起こることになり、そのトラブルに伴い職員が納得せず退職することも起こります。そう云った諸事情から入院期間が短くなってしまう傾向があるようなのです。

 法務省の医療刑務所のような矯正医療の機能を持つ施設であれば依存症の治療は可能ですが、依存症治療の専門病院でも予め短期の入院期間を明示して「治療プログラム」と称する作業療法やスポーツに参加させているだけです。途中で退院せずにプログラムを完遂しますと、治療意欲がある患者として再入院を認めると云うものです。

 医療がどこまで人権を制限できるのか、何をもって危険と判断するのか非常に難しい問題ですが、患者が退院した後のフォローアップをどうして行くかが、最も重要なポイントでしょう。アルコールや薬物の依存症を薬物で治療するのは殆ど不可能です。同じ依存症の患者たちの集団心理の圧力で依存症を克服できるよう、グループ・カウンセリング(集団精神療法)の司会者(主治療者)が好ましい判断や生活習慣に変容するようコントロールします。さらに、精神鑑定書を作成するのと同程度の濃厚な面接を重ねて、可能な限りその患者を知り尽くし、依存症になった原因を探し出して気づかせます。そして、職業訓練から社会復帰訓練をを経てから退院し、ソーシャルワーカーなど社会資源の支援を受けられるようにしませんと依存症の治療は完結しません。

 障害者施設殺傷事件の容疑者は「大麻による依存症」では無いことも推察されますが、そうで無いとしても「精神科治療」は必要です。特に昨今の若者は精神障害で無くても、一過性に精神障害を疑わせる言動を示すからです。この容疑者は一貫して ” 叱って欲しくて悪戯をしている子ども ” のように思えるからです。追い込まれて「窮鼠猫を噛む」状況に至ってしまい、誰にとっても不幸な事件となってしまいました。しかし、社会防衛のために個人の犯罪として処理して欲しく無いのです。「責任能力のある精神障害者の犯罪」として死刑にしてしまったら、ここで大きな犠牲を払ったのにも拘らず教訓を得られず、類似の犯罪を再び起こさせてしまう恐れがあります。

 

 

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